2026年1月4日
「それは、彼らの目を開いて…聖なる者とされた
人々と共に恵みの分け前にあずかるようになる
ためである。」 (使徒言行録26章18節より)
“恵みの分け前”とは“相続分”(コロサイ1:12)の事で、神の国の莫大な財産、富を意味します。パウロはアグリッパ王以下、町の有力者達の前で自分の回心体験を語りましたが、その折に復活の主から賜わった新たな使命は、ユダヤ人と異邦人(全人類)と恵みの分け前(神の国の財産=罪の赦し、永遠の命)を分かち合う事であると告げました。地上の教会も自分達が受け継いだこの財宝を世の1人でも多くの方々と共に分かち合える事を心から願っています。“受けるより与える方が幸いである”(使徒言行録20:35)との御言葉に励まされつつ、自分達が先人方から受け継いだ神の国の富(金銀ではなく)を“お裾分け”する為執り成し祈り、仕えています。“恵みの分け前に与る”とは、“天に宝を積む”(マタイ6:20)事でもあるのです。主の死と甦りによって約束された罪の赦し、永遠の命をこそ分かち合いたく願います。
牧師 桑原睦彦
2025年10月12日
「その夜、主はパウロのそばに立って言われた。
“勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強
く証ししたように、ローマでも証ししなければな
らない。”」 (使徒言行録23章11節)
パウロの身柄はローマ軍の千人隊長の計らいで安全に保護され、兵舎で一晩明かします。翌日千人隊長はユダヤの最高法院を召集し、騒動の真相を突き止めようと致しました。彼はその理由がユダヤ社会内部の宗教的な問題の様だと薄々感じ取っていたのでしょう。パウロは1人呼び出され最高法院の取り調べを受けますが、その中で終始闘い続けます。先の大群衆に対しては誠心誠意を尽くしたのが今回は一転し、議員達に対しては皮肉たっぷりの受答えをし、わざと議場を混乱させる様な刺激的な発言をするのです。明らかに最高法院に仕事をさせまいとしたのです。その夜の事でした。今日の一件でも連日続いた一連の騒動によっても疲れ果てていたパウロの枕辺に主イエスが立ち、励まして下さいました。1人で闘うパウロを主は決して1人切りにはされません。私達も同じです。 牧師 桑原睦彦
2025年10月19日
「夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、
パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓い
を立てた。」 (使徒言行録23章12節)
過激派のユダヤ人達は、前日の最高法院での取り調べが不調に終わった事に不満を募らせパウロ暗殺という過激な行動へと走ります。最高法院と手を組んで更なる取り調べの必要を訴え、兵営から連れ出されたパウロを待ち伏せ暗殺しようとの陰謀でした。しかしこの陰謀を知ったパウロの甥が、千人隊長に密告したので事無きを得ます。当時ユダヤ教徒によるパウロ殺害はこれ迄も何度も繰り返し謀られ乍らも、様々な仕方で防がれて来ました。しかし今度の場合は甥の働きを始め、より多くの人達の好意や善意によって未然に防がれた面がありました。神の助けは御言葉による励まし、力づけと共に様々な人達の協力や幸運とも思える出来事等も用いられ、私達を苦境、試練から救い出して下さいます。“神は試練と同時にそこから逃れる道をも備えて下さる”(Ⅰコリント10:13)のです。この神の御心を信じる事が出来る幸いを思います。 牧師 桑原睦彦
2025年7月27日
「聖霊は、神の御子の血によって御自分のものと
なさった神の教会の世話をさせるために…。」
(使徒言行録20章28節より)
パウロはエルサレムへと向かう途上でエフェソ教会の長老達に“別れの挨拶”を致します。エルサレム訪問は命を奪われる危険を伴いますし、実際パウロはエフェソで果たすべき務めを充分果たし終えていました。その意味で“もう2度と会うことはあるまい”と告げると、長老達は酷く悲しみ嘆き、泣きました。しかし情に流されてはおれません。これから先、教会が乗り越えてゆくべき試練や困難の大きさを思えば、今どうしても伝えておくべき事があったのです。それは先ず「教会とは何か」であり、「教会を牧する働きの大切さ」でした。教会は神が御子の血によって贖い取られた羊たちの群れであり、そうである限りその群れを牧する働きは必要不可欠です。その“牧する”働きを担う為に、聖霊は牧師や長老をお立てになります。その重責を担う働き人の為、教会は祈りを絶やしてはなりません。大牧者なるキリストに牧されてこそその職務は全うされるのです。
牧師 桑原睦彦