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礼拝説教集: あなたも仲間に

​​礼拝説教要旨

2026年2月1日

「ですから、皆さん、元気を出しなさい…」

       (使徒言行録27章25節より)

船はパウロ達を護送しながら、一路ローマを目指して進みます。しかし冬の季節特有の暴風雨が少々いつもより早めに吹き始め、船は数週間に亘り漂流致します。パウロの忠告に従わなかった事が判断ミスに繋がって、益々激しさを増す嵐の前に一同は助かる望みを失ってしまいます。海が大荒れに荒れ沈没しかけた中、パウロは立ち上がり皆を励まして言いました。「私が信じ拝み仕えている神は、私達を必ずお助け下さるから元気を出しなさい。」その後も漂流は続き嵐も収まりませんでしたが、御言葉の約束通りやがて船は陸へと流され、全員助かりました。私達の人生にも時に嵐が吹き荒れます。為す術もなく、流されるまま望みを失いかける事もあるかも知れません。しかしその様な絶望的な状況の中でも神の約束を信じ祈りつつ生きるなら、元気が回復され状況に負けない強さを与えられる事が出来ます。その為には、普段からの積み重ねが欠かせません。常日頃から御言葉と祈りに励みたいと思います。

  牧師 桑原睦彦

教会前の花壇

​2026年2月8日(日)

「こう言ってパウロは…食べ始めた。そこで、一

同も元気づいて食事をした。」

      (使徒言行録27章35~36節より)

なお激しく船は嵐に揺さぶられ、果てしなく流され続けます。昼夜分かたず真暗闇が2週間も続けば大抵の人は参ってしまいます。より深刻な事は船員達がいち早く見切りを付け、船を捨てて自分達だけ逃げようとした事でした。船は1,300㎞程流されて地中海のほぼ中央にあるマルタ島の近く迄来ていましたが、そうとは知らず船員達は真夜中に秘かに小舟を降ろして逃げ出す算段を始めたのでした。この危急の時船員達がいなくなってしまえば更に助かる見込みは無くなりますし、辛うじてその企ては防がれたものの他の乗客は船員達も逃げたくなる様な絶体絶命の危機にある事を思い知らされ、最悪の状態に陥ってしまいます。しかしその時パウロは“食事をしよう”と呼び掛け乍ら、まるで聖餐を思い起こさせる様な所作を敢えてして率先し食事を致しました。すると一同も続いて食べ、元気を取り戻します。こうして最悪の危機は乗り越えられて行ったのです。

        牧師 桑原 睦彦

開花

2026年2月15日(日)

「…このようにして、全員が無事に上陸した。」

      (使徒言行録27章44節より)

パウロを乗せた船は激しい冬の嵐に流され、やがてどこかの島に漂着します。その島がマルタ島である事は後で気付きますが、砂浜のある入江(後日“パウロの湾”と名付けられる)を目指して進んで行きました。ところが入江の入り口で浅瀬にはまり船首がめり込んで動けなくなった上、船尾も激しい荒波で壊れ始めてしまいます。恐れていた座礁が起こり、その上パウロを含む囚人達の逃亡を恐れた兵士達は囚人達を殺してしまおうと致します。最後まで危険に満ちた航海でしたが、百人隊長の説得と命令により、囚人達もパウロも1人残らず無事島に上陸する事が出来ました。“全員を助ける”との神の約束がこうして果されて行きました。「神は、神を愛する者達と共に働いて、万事が益となるようにして下さる事を私達は知っている。」(ローマ8:28、口語訳)。人間達の間違った判断により自ら招いた災いも、万事が益となるよう働かせて下さる神の摂理によって無事切り抜ける事が出来ました。今も同じです。

牧師 桑原睦彦

花壇

​​2026年2月22日(日)

「このことがあったので、島のほかの病人たちも

やって来て、いやしてもらった。」

          (使徒言行録28章9節)

船の一行が漂流の末上陸したのは、地中海のほぼ中央にあるマルタ島でした。パウロ達は冬を過ごすのにこの島で3か月程滞在しますが、島民達は当初から非常に親切でした。なお嵐は止まず冷たい雨が降りしきる中、焚火を炊いてもてなしてくれたのです。パウロが毒蛇に咬まれても無事だったり、島の長官プブリウスの父親の難病を祈りつつ手を置いて癒したりするのを見て、島中の病者達がパウロを頼りパウロも快く癒して差し上げます。愈々出航の時には、船旅に必要な物質を全て整えてくれました。この島での3か月間パウロは専ら癒しの奉仕に専念したようですが、恐らくはこの時のパウロ達の働きが下地となったのでしょう。2000年を経た現在、マルタ島は島民の98%がキリスト者(カトリック)の国になっています。パウロ達が漂流すればこそこの島の人達はイエス・キリストを知りました。予期せぬ奉仕の場を通じても神は御業を果されるのです。

            牧師 桑原睦彦

​2025年11月30日

「数日たって、アグリッパ王とベルニケが、フェ

ストゥスに敬意を表すためにカイサリアに来た。」

(使徒言行録25章23節)

パウロが皇帝に上訴した為にローマへの護送が決まりましたが、その前に思いがけなくもキリストを証しする機会に恵まれます。新総督フェストゥスを表敬訪問する為、ユダヤからヘロデ・アグリッパとベルニケ兄妹がカイサリアを訪れますが、この機会にフェストゥスはアグリッパからパウロの罪状を皇帝に説明する為の助言を得ようとします。2人の「歓迎式典」にパウロは呼び出され話を強要されます(26章)が、それは証しの場となり信仰告白の機会となりました。現在、信教の自由は憲法に定められている重要な権利の1つですが時に国家の圧力等によりこの基本的権利も脅かされる場合があります。パウロの闘いは、ある意味信仰の自由を勝ち取る為の闘いでもありました。私達は礼拝する自由を守らねばなりません。そしてその権利を自由自在に用いて信仰の恵みを1人でも多くの方々と分かち合いたく思います。クリスマスが祝されます様祈ります。

            牧師 桑原睦彦

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